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STORY 4

Author: mako
last update publish date: 2026-01-09 07:55:51

「美咲、もう来てるのか?」「あっ、芳也!」

私が何かを言う前に、まるで自分が妻だと言わんばかりに、彼女はパタパタと走り寄った。

そして、ふたりでリビングにやって来た。

「おい、沙織、どういうことだ? こんなに散らかって」

「どうって、美咲さんが……」

私が反論しようとした瞬間だった。

「芳也ごめんなさい。私が少し遅れてしまったせいで、片付けを手伝うのが遅れてしまったの」

「なっ!」

自分で勝手に来て散らかしておいて、それを言うの?

ようやく彼女と義母が何をしたいのか、理解した。

「だから沙織さんを責めないで」

「美咲……」

芳也は完全に美咲さんの言葉を信じているようだった。

美咲さんはそう言いながら、まき散らした本を拾い始めた。

「美咲がやることないよ。日中遊びまわっていたコイツがやればいいんだ」

「遊びまわるってなに?」

さすがに聞き捨てならない言葉に、私は芳也を見た。

「母さんに聞いたよ。出かけてばかりで、買い物ばかりしているらしいな。お前は変わったな」

ああ、そこも繋がっているのか。

完全に、ふたりにはめられていることを知った。

それでも、今までの私を芳也は知っているはず。

時間が経てば目を覚ましてくれる。――そう信じたかったが。

「美咲、もういい。夕飯はまだだろう。外に食べに行こう」

「それなら、パパが久しぶりに芳也に会いたいって言ってたわ。芳也のお母様も呼べばいいんじゃない?」

そんなふたりを見て、泣くことすらバカらしくなり、私はただ立ち尽くしていた。

「沙織、俺たちが戻るまでに片付けておけよ」

「いやよ」

思わず、私は声をあげていた。

「え?」

今まで盲目的に彼をサポートしてきた私を知っているからだろう。

まさかそんな言葉を聞くとは思っていなかったのか、芳也は驚いたように私を見た。

「私は悪くない、美咲さんが片付ければいいでしょ」

「え? あっ、そうよね。私が頼まれたんだもの。ごめんなさい、沙織さん」

絶対にそんなことを思っていないだろう美咲さんが、泣きそうな顔をしながらゴミ箱に手を伸ばす。

「沙織! お前……」

初めて、芳也は手を振り上げ、私の頬を平手打ちした。

手をあげられたことで、私の中で――何かが壊れる音がした。

「芳也、よく思い出して。私がどれだけあなたをサポートしてきたと思っているの? 今の地位に一人でなったみたいな顔しないでよ」

叩かれた箇所が熱を持って熱い。

そこを自分の手で押さえながら、私は芳也を睨みつけた。

「お前が何をしたって言うんだよ。まともに家事もできずに、俺の金で生活してきただけだろう」

「芳也、言い過ぎよ。沙織さんだって、好きでなにもできないわけじゃないわ」

大学時代も、卒業してからも、起業をした芳也を手伝ってきた。

それを――もう、忘れたのだろうか。

結婚だって、芳也が「すぐにでもしたい」と言ったからした。

就職だって、できなかったわけじゃない。

でも、それも全部――自分が選んだことだ。

バカなのは、私。

芳也にも、美咲さんや義母が、あることないこと言っているのかもしれない。

それでも信じてくれないということは――そこまでだ。

「そうだね、私が間違ってた。あなたと結婚をしたことがね」

これでもかと二人を睨みつけて、そう言い放つ。

「出て行け! ここは俺の家だ」

「わかった」

言われなくても、こんな家にはもういたくない。

私は自分の部屋に行って荷物をまとめようとリビングを出たが、すぐに芳也に引きずられるようにして、家の外へと出されてしまった。

「荷物は全部、俺の金で買ったものだ」

そう言い放ち、芳也は玄関のドアに鍵をかけた。

11月も半ば、夜風は冷たい。

都内でも比較的住宅街にある私たちの家の周りは、数人の人が歩いていた。

そんな中、なにも持たず、薄手のワンピースに素足でサンダル。

先ほど叩かれた頬はじんじんと痛み、涙が零れていた。

そんな私を、訝しげな視線で見ながら、人々は通り過ぎていく。

普通ならば恥ずかしいと思えるはずだが、先ほどの出来事があまりにもひどくて、そんな余裕もなかった。

「ねえ、あなた、なにかあったの? 警察に……」

親切心だろう。

五十代ぐらいの女性の声に、私は慌てて首を振る。

「大丈夫です」

「でも、あなた……」

警察沙汰になれば、両親にも迷惑が掛かってしまう。

誰か助けて――。

冷静な判断ができない私は、スマホの一番初めに出てきた「秋元陸翔」の名前を見つめ、通話ボタンを押していた。

一番掛けてはいけない人だと、すぐに悟る。

慌てて切ろうとした、その時だった。

「沙織か?」

もう何年も聞いていない声が、耳に届いた。

その声に、思わずホッとしてしまい、私は通話を切ることができなかった。

 

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